鑑 外伝
※イベントメインストーリープレイ後推奨
ex01 鶏騒動にて
私たちはK社の巣の一角にてバスを降りることになった。見れば、ややサイバーな繁華街のような印象だ。ファウスト曰く依頼人がここにいるそうだが……。
行列を見とめたグレゴールが興味深げに言及すれば、皆足を止める。ロージャ曰くチキン屋さんの行列らしい。確かに意識してみれば、どこか記憶をくすぐる良い匂いがした。
通りすがりの几帳面そうなスーツ姿の男性によれば、あれはK社で最近大流行しているという菩薩チキン……というらしい。脚が6つ翼が8つ生えた……ってそれは大丈夫な鳥なんだろうか? 都市はすごいなあ。もはやキメラのようになった鳥のシルエットが描かれた緑色の看板を見上げる。
ふと、皆の会話と店の前の喧騒が耳に入る。見れば、邪悪なデザインの生鶏を頭に被った機動隊員のような人々が店の前で暴れていた。それに気付いたお客さんたちも悲鳴を上げている。呆然と見ていると、スーツ姿の男性はひょいと石ころを拾うと完璧なフォームで鶏頭の一人の頭にクリーンヒットさせていった。あっという間に鶏頭の群れはこちらに近付いてきて……戦闘が始まった。
……シールドに隠れて、元の世界のお気に入りの揚げ鶏屋さんに思いを馳せて現実逃避している間に戦闘が終わったようだ。同じくダンテの後ろに隠れている謎のスーツ姿の男性になんとなく会釈をすると、どうも、といった風に軽く会釈が返ってくる。この人は一体何者なんだろう? サムジョと名乗った彼によると、この騒動を解決すれば菩薩チキンの「生涯利用権」をくれるらしい。パリパリの鶏は確かにジューシーで美味しかった。
ファウストやムルソーの説明によれば、店長さんの変化は「ねじれ現象」と呼ばれる、都市で起こっている怪現象によるものらしかった。そんな、人間がモンスターに変わるような現象が現実に起こるなんて……しかし、生鶏を指揮する謎の鳥頭の男性(?)の様子を実際に目の当たりにしているとその怪奇話も納得せざるを得なかった。そう、謎の生きた生鶏(この呼称は正しいんだろうか?)の襲撃は、以上の話をする最中も辺りで途切れず行われていたのだ。
生鶏の襲撃により頭を丸ごと飲み込まれ鶏面になってしまったヒースクリフを見ながら和やかな談笑が行われていて頭がくらくらする。あれ、本当に大丈夫なんだろうか? 襲い来る生鶏たちをシールドでいなしながら、私も皆と共にウンボンのチキン酒場の店内にお邪魔することにした。
……店内はひどく荒れていて、元は飲食店だったというのが嘘のようだった。
ファウストによれば、善悪や心といった……恐らく、価値観とまとめられるであろうものの崩壊によって自我が喪失するほどの衝撃を受け心が崩れてしまったときに「ねじれ」が起こるらしい。これによって出来た心の壁を、彼らが望む方法で崩さねばならないという話なのだが……。
今回は皆で鶏料理を作ることによって社長さんの「ねじれ」を解決しよう、とのことだったのだが、グレゴールと良秀の対立からチーム戦の流れへと話は転がっていった。意外にも皆が乗り気な様子をぼんやり(少し楽しみながら)眺めていたところ……。
「……名前嬢の家にて世話になりしほどの膳はさながら美味かりき」
イサンの一言によって皆からの視線が私に注がれる。美味しいと思ってくれていたことは嬉しく思うがなにも今言わなくたって!
「あ、あれは料理上手な人のレシピがいつでも見られたからで……! 私、ゼロからの創作料理は全然得意じゃ……あ、わ、私はダンテさんと一緒にここのお片づけしてますねっ! 皆さんのこと応援してます!」
視線を思いきり泳がせて、ダンテの腕に組みつき、反対の腕で手近にあった掃除用具を手に取る。
<!? カチカチカチ……>
慌てた様子のダンテに心の中で謝りつつ、本音を言えば、グレゴールと良秀どちらが囚人の料理当番になるのにも賛成しがたかった。どちらもなんだか嫌な予感がする。二人とも、何故か美味しい料理をするところが想像できなかった。
店内の掃除を進めつつ囚人皆の様子を見ながら、私は昔受けた調理実習の授業を思い出していた。なんだかんだで和気あいあいと料理は進められていたが、厨房ってこんなにも無法地帯になるんだ、とも思った。強い女性陣に囲まれて一人料理を進めているシンクレアが不憫でならない。
彼らの領域であるお店を美化しようとする様子が好意的に捉えられたのか、私は生鶏——ボンちゃんたちにほとんど襲われずに片づけを進めることができていた。一方、厨房のほうからは度々戦闘の音が聞こえてきており、色々な意味でのうっすらとした恐怖から我関せずとばかりに口笛を吹いてみた。
……突然、厨房の方からあまり聞きなれない流暢な、それでいて無機質なバリトンボイスが聞こえてきて驚いて覗き込む。無理矢理試食させられたと思しきムルソーが謎の料理評価リリックを刻んでいた。彼、あんなに話が出来たのか……多くの言葉を飲み込んで噛み砕いて話をしてくれていただけだったという事実を知り新たな一面に驚く。
料理バトルの指揮者がそれぞれムルソーとウーティスに交代し、その後は両チームともに料理は順調に進んでいるようだった。
……落ち込んだ様子でふらふらとイサンが近寄ってくる。そういえば先ほど、ムルソーたちとジャガイモの話題で盛り上がっていたような気がする。
「傷心なり」
「どうしたんですか、イサンくん」
「花摘まれにけり……」
「お花って……ジャガイモにですか?」
うむ、と頷かれる。
「わ、お花も咲いてたんですね……でも、えっと、イサンくん、芽が生えたジャガイモって食べちゃダメなんですよ……分かりませんが、多分お花はもっと駄目な気がします……」
一応気を付けてくださいね、と念を押す。しょんぼりした様子で頷くイサンは自分で言っていた通りなかなかに傷心状態らしかった。でもお花咲いてるのは素敵でしたね、残念でしたけど……と気持ちばかりその丸い背中を撫でて送り出す。あと焦げた食べ物も食べちゃダメですよ。消費期限が切れたものもダメですからね。
結局、ウーティスたちのチームの料理が評価されたようだった。料理中の様子と、あとから教えてもらったダンテ訳の評価からするに、食べる人への愛とか思いやりとか、そういった気持ちの面が評価されたのだろうか?
感じ入った様子の社長の前に扉のようなものが現れ、出撃の時間となった。激励の意味でも希望者と握手を交わし、皆を見送る。
「……行っちゃいましたね」
私を見上げるボンちゃんに話しかける。シェフ帽を被ったボンちゃんは首を傾げていると思しき動きをしたあとカサカサとどこかへ行ってしまった。また人々を襲いに行くのだろうか……?
2チームとも、机の上は料理しっぱなしになっている。色々なものが一緒くたにぶちこまれたそれぞれのシンクを見てひとつため息をついて、気合を入れなおし厨房の片づけを再開した。
「あいたっ」
店舗内に散乱するガラス片を掃除しているときに誤って指先を切ってしまった。思いのほか深く切れたようで、赤い珠が生まれてはぽたりぽたりと床に落ちた。
そうこうしているうちに皆が戻ってきていた。社長さんの姿も一般的な男性の姿に戻っている。ドンキホーテがほくほく顔でラッピングされた箱を抱いている——社長さんからもらったお礼らしい。
「おかえりなさい、お疲れさまでした」
私の押さえている指の怪我にいち早く気付いたのは意外にも良秀だった。
「おい、見せてみろ」
良秀にやや乱暴に腕を取られると、じっと傷口を眺められる。その間もぽたり、ぽたりと血は溢れていて、そろそろ処置がしたかった。
「あ、ナマ怪我してる〜! 気を付けなよ〜」
「ちょっと、大丈夫ですか? 無駄に怪我したりしないでくださいよ。自分の身は大事にした方が良いですよ、私たちと違ってすぐに治したりできないんですし」
「あ? その程度なめときゃ治るだろ。邪魔だ邪魔、」
その間にもロージャやイシュメール(あとヒースクリフ)が通りがけに声をかけてくれたが、一向に良秀が腕を離してくれる気配がない。
「あの……」
「今・良・邪」
「今良いところだから邪魔するなって……!」
シンクレア訳に感謝しつつ、どうしたものかとその様子を眺めていると突然、良秀が私の腕をつかんでいるのとは逆の手で煙草を口から離した。なんだろうと見ていれば、おもむろに顔を近づけ私の手首まで垂れた血を、口付けをするように吸われ、思わずびく、と反応してしまう。
「……異世界の人間も血は赤いんだな?」
目を細めた恍惚とした表情で囁かれ、どきりとしてしまう。良秀はぺろりと自身の唇に付いた血を舐めとると、私の腕をもう興味がなくなったように突然離し、上機嫌で煙草をくゆらせながら店を出ていった。
「りょ、良秀さん!?」
「わあ! 大胆ですね! でも血って美味しいんですかね〜?」
シンクレアの驚いた声やホンルのほのぼのとした声を聞きながら、私はその背を見送ることしかできなかった(結局、私の怪我に気付いたダンテがウーティスに頼んだことで小言交じりにではあったが適切な処置を行ってくれた)。
「名前嬢」
店を出る。処置されたところをなんとなくさすっているとイサンに声を掛けられる。店からは少し遅れて出てきたイサンだったが、ウーティスに処置されている間ずっと隣にいてくれていたのだった。興味深く処置の様子を眺めていただけだったのかもしれないが……。
「あ、イサンくん。お疲れさまです」
皆もそうだったが、既にイサン自身の傷はダンテによって治りきっており、服などに付いているのはボンちゃんたちの返り血のようだった。
「痛むや? 替への効かぬ体なれば憂へたまへ」
「ええと、今は多分アドレナリン的なもののお陰で大丈夫です。あはは、そうですよね。イシュメールさんにも言われました。これ後で痛むのかな……」
「……それならば良かりけり。いざ行かむ」
そう言って、イサンは手を差し出してくる。いつもの癖で利き手を乗せるとイサンは首を振って、私の怪我していない方の手をとった。……これまでと位置が変わってなんだか妙に落ち着かない。イサンの先導で人混みを抜けて、私たちは合流を待つ皆のところへと歩いて行った。
ドンキホーテが帰還の時まで後生大事に抱えていた社長さんからのプレゼントをバスの中で開けると——入っていたのはボンちゃん人形だった。まるまるとしたフォルムに点の目がなんともいえずキュートだ。ちょんとついた手羽先もかわいらしい。
「わ、かわいいですね」
社長さんのねじれ解消と共に消えてしまった生鶏たちを思い出しながら感慨に浸る。あの子たちもこれだけかわいかったらなあ。
ボンちゃん人形は結局、ヒースクリフにぎゅむと握り潰されていたところをカロンが好意的な評価を下したことによってその命は助けられ、ヴェルギリウスによって後の安全も保証されることとなる。
……この時の私たちはまだ、この先巻き起こる事態を知る由もなかったのである。
230421 4章で何が起こるのか、もちろん私もわかりません イベント最高でしたね……ありがとう……本当にみんなかわいくて…… 厨房長良秀さん、夢絵&夢ストーリーすぎたんですが????ありがとうございます 助手グレゴールさんの放置ボイスセクシーすぎる