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08 守るもの

「そなた、触れた者の力を引き出す能力を持つとは真か!? そのような力を持つ者はこの都市でも聞いたことがない! 異世界の者は皆そうなのか!? ぜひ私とも握手のほど願いたいっ!!」

 じゃらじゃらとバッジをつけた上着を鳴らし、大きな瞳を輝かせながら、明るい金の髪の少女が私のもとに急接近してきた。勢いもさることながら、元気いっぱいの大きな声に頭がくらくらした。

「ああ、えっと、そうみたいです。多分、皆ではないと……思います。あ、でもこっちの人と触れあったら皆そうなのかな。試したことがないので分からないんですが……握手は、はい、どうぞ……」

 勢いに圧されぎゅ!と熱烈に両手を握られる。

「おお……力が湧き出るようだ! これが異世界の者の……! 今ならどんな悪にも負ける気がしない!」と少女はそのまま、離した両手を天高くつきあげている。

「ドンキホーテ、話聞いてなかったんですか? この人、自覚なかったんですよ」

 奥の座席に座った、橙色の長く豊かな髪を持つそばかすの少女が呆れたように口をはさむ。

「チッ、うるせえなぁ……転校生ごっこならよそでやれよ」

 REVENGEと書かれた大ぶりの金属バットを退屈そうに担いだ、傷跡だらけの褐色の男性が吐き捨てるように言った。

「へえ、転校生なんて言葉ご存じだったんですね」

「ああ?」

 そばかすの少女とはそりが合わないようだ。一触即発の雰囲気に私まで委縮してしまう。

<カチカチ……>

「管理人の旦那の言う通りだぞ、イシュメール、ヒースクリフ。その辺にしとけって……。はは、悪いな。名前さん、だっけ? うちはいつもこんな感じなんだ」

 右手が——虫? のかたちをした、眼鏡をかけた無精ひげの男性がそう言って、口の端をひくつかせながらどこか下手くそな笑顔で笑いかけてくれる。こういうやり取りにあまり慣れていないのだろうか。

「俺はグレゴールだ。……ん? 珍しい反応だな。これが気になるか?」

「あの、創作物のなかで少しそういう感じのもの? に触れたことがあって……。実際に見るのは流石に初めてですが……」

 驚きはしたものの、つい精巧な芸術品を見る眼差しで見てしまう。

「創作か……だと良かったんだがな」

 彼——グレゴールの事情は分からないが、私の眼差しに返されたのが苦笑いなのが、その腕にまつわる思い出があまり良いものではないことを物語っている気がした。

 そうしていると近くから、綺麗な顔をした大人しそうな金髪の少年の視線を感じる。そちらの方を向けば、視線が分かりやすいくらいに泳いでいて、なんだかいっそかわいそうなくらいの……庇護欲に似た気持ちが湧いてくる。

「おちびちゃんも異世界ちゃんのこと気になるよね~」

 ロージャが自分の席だろう場所につきながら声をかけてくる。その後ろにはウーティスが背筋を正して座っていた。

「異世界ちゃんの力って金運も上がるのかな? ね、今度ちょっと試させて!」

 どうだろう。試すって、どう試す気なのだろう?

「おちびちゃんも握手してもらいなよ」

「ぼ、僕は遠慮しておきます」

「あ~、もしかしてシンクレア、異世界ちゃんとの握手が恥ずかしいとか!」

「そ、そんなことは……」

 シンクレア、と呼ばれた”おちびちゃん”は顔を赤くしている。微笑ましい光景に自然と笑みがこぼれる。

「名前さん、ほら、ここ空いてますよ~」

 一足早く席に戻っていたホンルが自分の横の畳まれた席を組み立てて席を作ってくれたらしい。空いているというか、空けたというか。

「ここなら沢山お話できますね~」

 ホンルの空けてくれた席の右隣、通路に一つ席ぶんのスペースを空けた先にムルソーが座っている(その奥にイシュメールと呼ばれたそばかすの少女が、後ろの座席にどっかりと座ったヒースクリフと睨み合いながら座っていた)。ムルソーに対してぺこり、と会釈すると会釈が返ってきて、意思疎通ができてなんとなく嬉しく思った。

 ホンルの左隣には、ヴェルギリウスとダンテ間の会話を取り持っていたファウストが静かに座っていた。視線を送ればにこり、と薄く笑いかけられる。彼女の瞳にはひた隠しにしていることまで見透かされているようで、なんだかどきりとする。

 ……一番後ろの座席に座る、煙草をふかしている黒髪の女性は誰だろう? ファウストの視線から逃げるように視線を送ると、ばちりと目が合う。切れ長の目に赤の瞳が綺麗だ、と思った。

良秀りょうしゅう

「は、はい」

 これ以上の会話は無駄だ、という風に、ふい、と目を逸らされる。

「よろしくお願いします……」

 名を良秀というらしい。二度は教えてくれなさそうな雰囲気だ。しっかり覚えておこう、と思った。

 前に向き直ると、イサンがゆっくりと自分の席に座るのが見えた。しばらく様子を見ていたが、すぐに目を閉じて腕を組んでしまった。

 少し残念に思っていると、ヴェルギリウスが運転席に座る少女となにやら話をしているのが聞こえてきた。

「カロン、気分はどうだ?」

 彼にしては優しい声色で少し驚く。

「ヴェル、カロンはげんき。メフィもげんき。出発進行、ぶるんぶるん」

 カロンと呼ばれた少女は、落ち着いたトーンで軽快に返事をする。

 ……やがて、バスはガタガタと走り出した。


「名前さん、こちらがあなたへの支給品です」

 数日後。ヴェルギリウスから呼び出され手渡されたのは、白のワイシャツに、赤いネクタイ、黒のベストに黒のズボン、黒の簡素なブーツ。そして、皆とは違い番号や名前の入っていない黒のジャケット。先日簡易の身体測定を受けたのだが、その結果がしっかりと反映されているらしくサイズは驚くほどぴったりだった。

 そして次に、窓の付いた大きな鉄の板——これはいわゆる、バリスティック・シールドと呼ばれる大盾ではないだろうか——が手渡される。見た目のいかつさに反し重量はかなり軽く作られているようで、私でも扱うことが出来そうだった。

「あの、これは」

「あなた用の武装です。あなたにはバスでの待機をお願いすることが多くなるでしょうが、鏡ダンジョンなどで戦場に赴く必要が出た場合、主に管理人ダンテと共に後方にいていただくことになる。ただそこで流れ弾で死ぬなどという馬鹿げた死因をこれで少しでも防止していただければと。一見ただのシールドですがこちらには一部翼の技術が使用されている。これなら非力なあなたでも扱えるはずだ」

 最後に、リンバスカンパニーの社章が印刷されたクレジットカードのようなものを受け取る。

「これである程度の金銭が使用できます。こちらはわが社からの謝礼金だと思ってください」

「何から何まで……ありがとうございます」

「それだけあなたの能力に期待がかけられているということでもあります。作戦成功のためのご協力、よろしくお願いします」

 高みから見下ろされながらじっとりと念を押すように言われ、正直全くお願いされている感じがしなかったが必死で頷いた。


「イサンくん」

「名前嬢」

 廊下で丁度イサンを見かけ、もらったばかりのシールドを両手で運び上げながらぱたぱたと近寄る。

「すごいのもらっちゃいました……もちろん前線に出たりはしないんですけど、これで後ろにいても少しは大丈夫ですかね」

「……」

 イサンは渋い顔をしている。

「悔ゆることばかりなり。なほ詳しくこなたの世につきて伝へたらば、そなたはこなたに来ざりもこそ」

「……イサンくんは悪くないですよ」

 本当だ。この世界についてより詳しく伝えられていたとしても、私はそれでももっと一緒に居たいと願っていたかもしれない。そもそも、タイミングからして、おそらく私がここにいるのは私がそうありたいと願ったからに他ならない。誰が悪いのか犯人捜しをするならばきっと、悪いのは私だろう。

「だから気にしないでください。それに、どんな形であれ、皆の役に立てるかもしれないのは嬉しいです」

「……そなたに戦場にいでまほしくはあらざりき。かの世に平和に暮らしたらばいかばかり良かりしためしか」

 ふう、とひとつため息をついたイサンはゆっくり目を閉じると、囁きに似た声色でこう呟いた。

「……今度はうる限り私がそなたを守らむ。あなたの世にそなたが私を守りきべく」

 ……もしかして私は今、すごい誓いをされたのではないだろうか。閉じたときと同じくゆっくりと目を開くと、イサンは差し出した白く美しい人差し指の背で私の頬をす、と慈しむようになぞると、すれ違うようにどこかへ消えてしまった。廊下に一人取り残された私は、我に返るまでしばらく呆然と立ち尽くしていた。


230419 最後列がこわすぎて新しい席を作ってしまいました バスって折り畳みの席ありますよね……座り心地は良くありませんが! 支給品については白ジャケットも浮かんだのですが目立たない方が狙われにくいかなと……あと今後白ジャケットの方が出てくると気まずいので……
これで一旦切りの良いところまで書けました!ここまで読んでいただいてありがとうございます。ご質問ご感想など何かありましたら拍手・メールフォーム・ほめて箱などお好きなプラットフォームからコメント頂けると嬉しいです。いつも励みにさせていただいています! イベント楽しみですね……! 書けそうな感じだったらイベント関連のお話も書きたいです。それではまたお会いしましょう〜