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4_02 戦闘〜R社支部へ

 ……案内放送が繰り返し流れている。爆発が検知された? 研究室で? それにも関わらずK社社員の様子は落ち着いていた。それは、話を聞くまでもなくここでもう何度も同じようなテロが行われていることを示していた。

 そうこうしているうちに、研究室まで以前チキン屋の周辺で見かけたようなK社の機動隊員たちが駆けつけてくる。私たちとテロ組織の間に立ち、応戦の構えをとる。イシュメールの言う通り、今回は頼もしい味方だ。

 テロリストと思しき人物たちの間で不穏な会話が繰り広げられているなか、ドンランは遅れて登場した再生アンプル投与ドローンをどこか楽しそうに迎えていた。淡々とサムジョは再生アンプルの説明をしてくれているが正直それどころではない。目の前でK社の機動隊員たち——人間が、テロリストたちの率いる大型の機械によって玩具のように切り捨てられては潰されている。私は後ろの方にいて見えにくいとはいえ、無視できるほど豪胆ではない。爆発後の焦げ臭い空気に混ざる血の匂いは次第に濃くなっていく。


 テロリストたちのうちの一人が自らを「技術解放連合」だと名乗った。どういう組織なのだろう。鶏たちを解放しに来た動物愛護の団体ではないことだけは確かそうだった。

 囚人たちを巻き込んだ戦闘は目の前でいやがおうにも始まり、私はダンテの後方でシールドを構え、その影に身を隠して自分の身の安全を守ることに徹する羽目になる。

 私にとって、鏡ダンジョンの探索への同行以外ではチキン屋での騒動が初陣といえばそうだったのだが、今回はその時以上に、死地に立っている感覚が私の全身を覆っていた。
 ヴェルギリウスの言葉がよぎる。彼の言う通り、私など油断すればきっと簡単に死んでしまうだろう。前線で戦う皆に比べれば安全とはいえ、死の危険と隣り合わせなのはここ後方にいたって同じだった。

 シールドを握る手に力がこもる。脚は私の意志に関係なく震え、食いしばってもガチガチ歯が鳴るのを止めきれない。いくら息を吸っても動悸が落ち着かず、酸欠みたいに頭がくらくらする。
 かがんだ私のシールドの窓越しに見える景色は死の気配に満ちている。今までで一番、叫び出したくなるくらい怖い。だが、幾度も命を賭して戦っている皆を前に、背を向けて逃げ出すような真似はできなかった。


 ふと、黒い手が私のシールドを持つ手に重ねられた。顔を上げると、カチカチと秒針を鳴らす時計頭が私を見下ろしている。ダンテだった。彼はひとつ頷くと、その手で優しく私の肩をぽんぽんと叩いた。……きょとんとしている私を置いて、ダンテはすぐに顔を上げ、皆への戦闘指揮に戻っていく。

 一拍遅れて、私も前方を見る。相手の大型の機械が一台、派手な音を立てて足元から崩れ落ちたところだった。戦況は徐々にこちらが優勢になってきているようだ。

 気が付くと私の脚の震えはいつの間にか止まっていた。……あとでダンテにお礼を言わないと。そのために、まずはこの局面を無事に生き延びよう。シールドを握り直し、一つ息を吐きながら、私は改めてしっかりと前を見据えなおした。


 どうやら再生アンプルは高額なようで、ちょっとやそっとのかすり傷では投薬されないらしい。シンクレアの指摘通り、K社職員たちは自らの腕や足をためらいなく切り落とし、その恩恵にあずかっている。合理的な判断ではあるのだろうが……グロテスクな光景に思わず唇を噛んだ。

 カチカチ。ダンテが私の隣を抜け、少し後方に下がろうとする。その時、威圧的な音と共に再生ドローンがダンテに向かってアンプルを複数発射するのが見えた。そして、私たちの近くにいたイシュメールが咄嗟に腕をのばしダンテをかばった姿も。代わりに、イシュメールの身体には複数本のアンプルが刺さっていた。

 私たちの周りを飛行する再生ドローンたちの機体の中心に灯った光は赤く、なんらかの警告状態であることを示していた。

 ウーティスが、味方への誤認射撃であるとロボットたちの誤作動を指摘する声を上げる。冷静な声色で、サムジョは誤射ではないと反論した。負傷者には再生アンプルを。戦線離脱者には崩壊アンプルを。……膝をついたイシュメールの身体がゆっくりと、その先からどろどろと崩壊していくように融けていくのが見えた。

「イシュメールさん……!」

 どうすることもできずおろおろと縋るように皆を見ると、皆は戦線離脱者に対する崩壊アンプルの投与について話をしているようだった。アンプルやロボットたちの価値はここでは社員たちの人命よりも高く、事実戦線離脱者の存在は軍団全体の士気を下げる。……だからといってこんな処置がまかりとおるのだろうか? これらに対するグレゴールの否定的な反応が、私の脳裏に浮かんだ疑問を当然のものだと肯定してくれているような気がした。

 そんななか、ダンテだけがイシュメールの近くで私と同じくおろおろとその心配をしているようだった。

「管理人さん……私……どうなるんですか……」

 震えるイシュメールの声が悲痛に響く。

 ……時計が回され、イシュメールの崩壊もまた巻き戻っていく。

 少し離れたところで、イサンが床に転がったアンプル瓶を拾い上げているのが見えた。


「全員集中! 職員が到着!!」

 混乱を裂いて、先ほど研究室におけるドンランからの説明中にシュレンヌと紹介されていた小柄な女性が、紫で統一された制服を身に着けた見知らぬ一団を引き連れて登場する。シュレンヌによればバラのスパナ工房というところのフィクサーたちだそうだ。今シュレンヌたちのチームと協業しているのだという。ドンランもその一団のことは知らない様子だったが、ただ単に覚えていなかっただけのようだった。


「初めまして。バラのスパナ工房代表、ニコといいます」

 一団の中でも一際華美な雰囲気を持つ男性が名乗り出る。

 思わぬ加勢に、技術解放連合たちが引き上げていくのが見えた。

「やはり、我々の「フォース」に全員しっぽを巻いて逃げましたね……ふふ……」

 この人もちょっと独特な人みたいだ。


 見渡せば、研究室の被害は甚大で、一刻も早い解決が必要そうだった。人的被害が少なそうなことは幸運だが、実際それも危うい状況だったようだ。

 K社からの支援がないことに関するイサンの指摘にもドンランはそつなく対応していく。イサンがその先に口にするだろう言葉を、よどみなく先取りしてドンランが答えるさまは二人の浅からぬつながりを感じさせた。

 気になることはたくさんあったが、今からすぐにでも占拠された研究室——ロボトミー支部に皆で向かう流れの様だ。ドンランもついてくるらしい。囚人皆への働きぶりへの信頼を語り、向こうに置いてきたものが多く回収したいとのことだったが……いかにも大切そうな研究関連の機密文書より、彼が過去に受賞したトロフィーやその時の写真たちの方が気になっているようだ。彼の言葉は、どこまで本気で言っているのか読めない……もうここまでくると、本気で言っているのかもしれないとも思いはじめてきた。

 シュレンヌたちもついてきてくれるようだ。今から向かうには人数が多すぎるような気もしたが、味方が多くて心強いのは否定できなかった。


 ここから先は徒歩で向かうことになる。私の前には先導するドンランたちとそれについていく囚人たち。振り返ればシュレンヌ、およびニコが率いるバラのスパナ工房のフィクサーたちがずらりと並んでいて、行軍のようだと思った。……実際、行軍なのだが。

 賑やかに一行は会話を交わしながら歩いていく。少し遠くに、歩きながらも眉を寄せて煙草をふかしている良秀の姿が目に入る。こういう賑やかな空気はあまり得意ではなさそうだ。


「イサンくん」

「……」

 イサンは囚人たちのなかでは後ろの方で、ゆっくりと歩いている。声をかければちら、と視線だけをよこして、私の言葉を待っているようだ。

「あの……大丈夫ですか?」

「……?」

 私のふんわりした言葉に、イサンは首を傾げている。私自身どう言っていいか分からなかったが、小声で続ける。

「えっと、色々と……ここに来てから、少しぴりぴりしているというか……」

 イサンの様子は一見普段と変わらないように見えるが、どこか違和感があった。囚人たちの間にあっては彼の口数は少ない方だったが、今回はなんだか押し黙っているような雰囲気があった。

「問題あらず。……名前嬢こそ押したらずや?」

「大丈夫、無理はしてないです。ダンテさんも気遣ってくれましたし……」

 そう言って思い出す。そうだ。ダンテにお礼を言わないと。

「あの……何かあったら言ってくださいね。私で良ければ……なにもできないかもしれないけど、お話くらいは聞けると思うので……」

 何かあったとして言うようなタイプではないだろうとは思ったものの、そう声をかけずにはいられなかった。イサンとはまだ決して長くはない付き合いだが、それでもなんとなく感じられるものはある。

「……」

 返事はなかったが、沈黙を肯定と思うことにした。


 イサンに一言ことわってから、ダンテの元へ向かう。

「あの」

 私が声をかけると、ダンテは少し驚いたふうに見える。

「先ほどはありがとうございました……おかげさまで、ちょっと楽になりました」

 そう言って、歩きながら頭を下げる。顔を上げれば、ダンテは両手を軽くあげてふるふると頭を振っていた。まるで、大したことじゃないと言っているような感じだ。

「ふふ、ありがとうございます」「ダンテさん、優しいですよね。今回も、皆のことだけじゃなく私のことも気にかけてくださって……ダンテさんのこと、私まだ全然知らないですけど、そう思います。言葉が分かったらいいのにな……」

 話しかけている相手の頭が時計だからか、その言葉が分からないからか、ダンテに話しかけているといつの間にかどこかひとりごとのようになってしまう。本当に、会話が出来たらいいのに。

 そう思っていると、ダンテから発されるカチカチという秒針の音がいつもより若干早いような気がした。これは……?

「あ、ダンテ照れてる~? ねえナマ、もっと言ってやってよ~。」

 上機嫌で武勇伝を語っていたはずのロージャがひょっこりと私たちの間に顔を出してきた。

「えっ! わ、私はただ思ったことを言っただけで、」

「あの……僕もそう思います。管理人がダンテさんで、悪い人じゃなくて良かったなって……」

 思わぬ加勢の声が飛んでくる。シンクレアだった。ダンテは驚いた様子でシンクレアを見ると、困ったように私たちをきょろきょろと見比べていた。


 和気あいあいと盛り上がる一行の声を聞きながら思う。行軍というよりは遠足だったかもしれない。だが目的地に到着してしまえば、一転気を引き締めなければならないだろう。

 ……ずっとこの時間が続けばいいのにな。もちろんその願いはかなわず、私たち一行はロボトミー支部に到着することとなる。


230616 今回のNPCの皆さんも最高でしたね……