ハロウィン当日の話
ハロウィン当日。そろっとカリスマハウスの玄関に立っていた私が、意を決してベルを鳴らすと、出迎えてくれたのは大きめのペロペロキャンディをくわえたふみやくんだった。オレンジの差し色の入った死神風の衣装を身にまとっている。
「仮装、してきてくれると思ってた」
キャンディを口から離し、そう言って微笑むふみやくん。
「はい……してきました」
観念してお招きされることとする。
*****
私が身にまとっているのは、黒い長袖のワンピースにケープのついたごくごく一般的な衣装だ。露出も少なく安牌といったところ。帽子もついている。ほうきを片手に、黒猫のぬいぐるみもつれてきた。
「魔女です……」「「「「おお〜」」」」
まばらに拍手が届く。そんななか、一人表情を曇らせているカリスマが一人。キョンシー姿の依央利くんだ。
「名前さん、どうして言ってくれなかったんですか! 言ってくれれば作ったのに! いやむしろ今からでも作らせてくださいっ」
鬼気迫る表情の依央利くんに襟元を掴んで揺さぶられる。そ、そんな。悪いよ。
「悪くないどころか良い! 奴隷に奉仕の機会を! もっと負荷を! こき使おう!」
思わず口に出ていたのか、依央利くんはさらなる剣幕でまくし立ててくる。
「まぁまぁ、」助け船かと思いきや、「名前の衣装は後でもう一着作ればいいだろ」
表情を変えずさらっとそんなことを言うふみやくん。
ええーっ、いいのかな……。困り果てていると、
「せっかくだし作ってもらいなよ、そんな地味な既製品じゃなくてさ。僕着飾った名前見たいな〜」
女神……? の仮装をしたテラさんが言う。
「いおの勝手だ、好きにやらせとけよ。それより俺ハラ減ったんだけど?」
狼男の仮装をした猿くんが腕を組んでいる。耳としっぽがワイルドだけどどこかかわいくも見えた。
「つまみ食い、してましたよね」
継ぎ接ぎの服に、同じく肌にも継ぎ接ぎのペイントがされた大瀬くんがボソリとつぶやく。猿くんから「ああ?」と凄まれてすみません……と返している。隠れるようにフードをきゅ、っと絞っていてかわいい。
「そちらの格好も大変セクシーですが……さらなるセクシーの予感に天彦、興奮しています」
フフ、と口元に手をやる天彦さんは悪魔の仮装だ。正直似合いすぎていて怖いくらいだ……。
「天彦さんは置いておいて……猿の言う通り、そろそろご飯にしましょう。名前さんも、き、来てくれたことですし……」
神父の仮装をした理解くんが私から目を逸らしながら言う。理解くん、女性への免疫がないって本当なんだな……と彼の反応を見るたびに思う。
「じゃ、じゃあお願いしようかな……依央利くん、大丈夫そう?」
「お任せください! 早速! 作業に取り掛からせて頂きます!」
言うと、依央利くんは凄まじいスピードでおそらく自室に飛んでいった。
「い、依央利くん!? 食事は!?」
「ああなってはだれも止められないんですよ……」「差し入れしたところで食べてくれないし」とは天彦さんとテラさん。そ、そんな……。
「俺たちは先に食事にしよう。席について」
ふみやくんがそう促すと、各々席について食事となった(猿くんが反発する局面もあったがテラさんの機転により事なきを得た。仲良しだなあ……)。
******
「名前さん、出来ましたよ〜!」
と呼ばれて軽い気持ちでついていった先で私はすごい作品を目にすることとなる。そして身に着けることになる。
「すごい、フリルが……すごい!」
黒い総レース生地だろうか? 繊細なそれを可愛らしく縫い上げたものをこれまた黒いコルセットで絞っている。少し肩や胸元など露出はあるけれど、ケープで隠せるし素敵な計らいだ。パニエもふわふわでかわいい。専門店で売っているレベルだ。こんな素敵なもの着せてもらっていいのだろうか。というか、着られているんじゃなかろうか。あれ。サイズどこから知ったんだろう?
「申し訳ありませんが、以前洗濯の時に少し確認させてもらいました」
あ、なるほど……。はじめてお泊りさせてもらった時、衣類は自室に持ち帰ったはずなのになぜか洗われててびっくりしたのが記憶に新しい。
「ありがとう依央利くん! とっても素敵だよ……!」
依央利くんは満足そうに微笑むと、「ごゆっくり」と手を振り退室していった。
待たせているのも悪いな……早く着替えなきゃ。
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扉を開けると、ふみやくんが待機していた。
「服、いいじゃん」
「あ、ありがとう。依央利くんのおかげだよ。なんてお礼したらいいか……」
服のことではあるがストレートに褒められ、こそばゆい気持ちになっていると、じゃあ、とでも言うように「トリックオアトリート」と言われ手を差し出される。
「えっ! ちょっと待って、お菓子鞄の中」
「じゃあいたずらだな」
「ええっ」
流れるように肩を壁に押し付けられてケープをぺろとめくられる。近い。
「え、何するのふみやくん?! ちょっと?!」「黙って」「う」
何をするのか見守っていると、どうやら私はケープをめくったところの肌、鎖骨のあたりに唇をつけられているようだ。ちゅ、と強く吸われ、一瞬痛みが走ったかと思うとぺろ、と舐められる。
「みんなには秘密だな」
指先でそこを撫でられ、囁くように言われてびく、と肩が跳ねる。隠すようにケープをかけるとふみやくんはようやく離れてくれた。
「みんな待ってる」
行こう、と何事もなかったように言われぽかんとしてしまった。ゆっくり歩き出した彼の背に、はっと我に返り、遠ざかるその背を追いかけるのだった。
「ちょ、ちょっと! ふみやくんー!!」
221031 理解くん、吸血鬼とで迷いました。(見たかった) 皆さんのもとに帰ってから名前さんはずっと緊張していたようです。