extra

伊藤ふみや

大雨の日

 スーパーからの帰り。雨の中を歩いていると、

「名前」

 後ろから知った声に名前を呼ばれる。

「はは、俺傘持ってなかったんだ、丁度良かった」

 まぶしいオレンジのジャケット。ふみやくんだ。

 彼は私の手からするりと傘を取って持ちなおすと、自分の肩に掛けた。濡れたふみやくんの前髪からぽた、と雫が垂れる。まつ毛にも雫がついていて綺麗だ、と思った。

「持つよ」「あ、ありがとう」

 押されてついお礼を言ったが、釈然としないのはなぜだろう。あと傘の持ち方の関係で、ふみやくんと反対側の肩が早速ちょっと濡れ始めている。密着された方の腕もふみやくんのジャケットに付いた水滴で濡れている。気付いてないんだろうなあ。気にしてないだけかも。いいんだけど。

「お前も帰り?」

 反響してか、いつもより声が近くに聞こえてドキッとする。人の声は傘のなかで聞くのが一番素敵に聞こえるというけれど、本当かもしれない。

「うん。スーパーの帰り……あ、そうだ。せっかくならついでにこれも持ってほしいな!」

 言って、食材の詰まった袋を見せると、

「え……ああ、うん、重そうだね」

 引かれた。

「うん、重〜い。ね、中に入ってるおやつあげるから」「甘いやつ?」「うん」

 そう言うと、「やった」とあっさり持ってくれる。現金だなあ。


「それにしても雨ひどいね!」「そだな」

 バタバタ、と大粒の雨が傘を叩いていく音がする。同じ傘の中なのにふみやくんに伝わらない気がして、普段より少し大きめに話してしまう。

「ふみやくんこの雨の中歩いてたの? 冷えちゃってない? 大丈夫?」「ああ、ちょっと用事があって……遅くなった」「急だったもんね、雨」

 何気ない会話に花を咲かせる。ふみやくんが来なかったら一人この道を帰っていたと思うと、隣の熱がちょっと心強かった。


「……なあ名前、このままウチ寄っていったら?」「え」

 あ、荷物持たせるんじゃなかった。ちら、と横目で確認すれば、ふみやくんの手はこれ以上なくしっかり荷物を持っていて奪えそうにない。

「ん、それがいい。名前もこんな日に一人じゃ寂しいだろ」「まあ、そうだけど……」「それにこのままだと俺名前の家に行くことになるけど、いいの?」「えっ! なんで!」「俺傘持ってないし」「か、傘貸すから……なんならそこで買ってもいいから!」「未成年を一人で夜の町に放り出すの」「都合のいい時だけ未成年面して~」

 家に行く、ってそのまま泊まるつもり?! そもそも部屋片付いてないけど! ってなんで部屋に上がる前提になってるんだ。

「だめだめ、惑わされないから」「だったらやっぱりウチに来るべきだ。料理は依央利が作ってくれるよ。依央利の料理、好きだろ?」「好きだけど~!」「これ以上歩いたら俺冷えちゃうかも」「うっ」

 ああもうだめだ、これはお家にお邪魔するコースだ……。道を選ぶ主導権は実質、傘を持っているふみやくんが握っている。彼の向かおうとしている道が先ほどから徐々にカリスマハウスに寄っているのに気が付いていたが、抵抗せずにそのまま流されることにした。夜ごはん、楽しみだなあ……。


221025 結局泊まったし楽しかった