なんでもない日の話
「なあ」
言って、ふみやくんは私の隣にどっかりと座る。
近い。私の足は、やや広げられたふみやくんの足に追いやられた挙げ句、ふみやくんと太もも同士がぴったりくっついている。うわ、いい匂いする。
「……ふみやくん?」「何」
困惑の声色で名前を呼ぶと、ふみやくんはこちらに顔を向けた。表情が読めない。
何、はこっちのセリフだと思うんだけど。
「せ、せまい」「でもあったかいだろ」
ふみやくんはそう言うと正面を向き、ふう、と息を吐いてこちらに寄りかかってくる。重い。
いい匂いが濃くなる。香水つけたりしてるのかな。わ、まつ毛長い。
「緊張してる?」
少し笑みを浮かべながらふみやくんが言う。
言われて、体に力が入ってガチガチだったことに気付く。
「多分……」「それじゃあ、ほぐすか」
そう言って手を取られる。探るように押されたあと、ある一点をちょうどいい力加減でぐりぐりされる。
「ここ、緊張をほぐすツボ」
手元に視線をやったまま、真剣な顔で言うふみやくん。
「へえ、そうなんですね」
ちょっと気持ちいかも……。
「効いたか?」「わ、わかりません……」
スッと視線が合うものだからドキッとして返事がどもる。ツボって、すぐに効果が出るもの? 違うような気がする。
「痛くはない……か」
ちょっと残念そうに言いながら、また視線を下ろしてふみやくんは私の手をにぎにぎしている。
「……あの」「ん?」
気だるげなまなざしが私をとらえる。
「そろそろ、手、離しては……」「ん……ああ」
目を合わせたまま、むしろぎゅ、と握られる。
「……あの」「まぁまぁまぁ」
指も絡められた。ふみやくんの口元には笑みが浮かんでいる。
「あ……もう、なんでもないです……」
遠い目になった私は、結局理解くんが通りかかるまでいちゃつきの姿勢をとらされていたのだった。
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後日、気になって調べたところ、ふみやくんが押していたのは緊張をほぐすツボでもなんでもなかったことが判明した。
「ふみやくん!?」
221025 ただの口実